【SNS特報班】乳がん経験者の浴場利用 「手術痕覆う肌着」理解訴え

「入浴着」拒む事業者も 衛生面基準なく不安視か

親湯温泉が貸し出している入浴着。肩の部分は片側のみで圧迫感なく両胸を覆える=長野県諏訪市

 乳がん手術を経験した女性が、浴場利用時に胸を覆う肌着「入浴着」=。その利用を巡って長野県伊那市の会社員の女性(47)が「認知されておらず、地元の温泉で使いづらい」と信濃毎日新聞(長野県)に思いを寄せた。「声のチカラ」(コエチカ)取材班が取材すると、貸し出し用を備えるなど積極的な事業者がある一方、利用を断る事例がなくならない実態も見えてきた。

 ■見られたくない

 女性は昨年、ステージ2相当のがんが左の乳房に見つかった。10年前も乳がんを経験。当時は部分切除と抗がん剤治療を選んだが、今回は再発リスクを避けるため、4月に全摘手術を受けた。
 前回は予想より傷痕は残らなかったものの、全摘した今回は違った。大の温泉好きだが、手術痕を見られたくないし、他の利用者に不快な思いをさせたらどうしよう-。不安がよぎって足が遠のいた。
 看護師からもらった術後の手引きで「入浴着」を知った。これなら温泉に行けると思ったが、県内で貸し出しているのは普段行かないような高級ホテルだった。買うと1着4千円ほど。「お金がたまったら行こう」と言い聞かせた。

 ■施設側に温度差

 諏訪地域で温泉旅館を営む親湯温泉(茅野市)は、以前から乳がんの術後の女性らを対象に貸し切り風呂を無料で提供する。入浴着の無償貸し出しは4年前に導入。ホームページや館内ポスターで着用への理解も求めている。マーケティング担当の今井さおりさん(31)は「隔てなく利用してもらうユニバーサルサービスの一環」と話す。
 乳がん経験者の利用環境づくりに積極的な温泉施設は「ピンクリボン温泉ネットワーク」をつくっており、事務局の認定NPO法人J・POSH(日本乳がんピンクリボン運動、大阪市)によると、現在全国で約130カ所が加盟する。このうち県内は7カ所で、公設の日帰り温泉施設はほとんど加盟していない。

 ■メーカー役割重要

 厚生労働省が昨年12月に全国383事業者を対象に実施した調査によると、入浴着の利用を認めていないとの回答が17%を占めた。理由は「衛生的でない」「貸し切り風呂を推奨している」など。都道府県などへの調査では、入浴着を理由とした入浴拒否は2018年度以降、少なくとも4件あった。
 入浴着に詳しい畿央大(奈良県)の村田浩子教授(被服学)によると、事業者が利用を認めても従業員が把握していない場合もあり、実際にはもっと多くの入浴拒否事例があるとみる。「事業者は啓発ポスターを張るだけでなく、マニュアルへの明記などで現場の浸透に努める必要がある」と指摘する。
 公衆浴場法は「入浴者は浴槽内を著しく不潔にする行為をしてはならない」と規定。複数メーカーが入浴着の販売に参入するが、現在は衛生面の根拠となる統一的な製品基準はない。村田教授は「広く認知されるためには確実に品質を担保していかなければならない」と、メーカーの役割の重さも強調する。

 ■温泉県が先進地に

 1998年に入浴着を考案したのは、当時上田市に本社があった乳がん患者用下着開発販売のブライトアイズ(東京)だった。加藤ひとみ社長(69)は、公共性を認めて最初に普及に協力したのは長野県だったとし「いい温泉がたくさんある長野だからこそ、入浴着でも先進地になってほしい」と期待する。
 信濃毎日新聞に思いを寄せた女性は「諦めていたことが一つできるだけで心持ちは大きく変わる。身近な温泉や銭湯こそ配慮が行き届いていてほしい」と話している。

入浴着 乳がん手術などの傷痕をカバーして入浴するために開発された専用の肌着。厚生労働省は都道府県などに対し「清潔な状態で使用される場合は、衛生管理上の問題はない」との通達を出している。
(信濃毎日新聞提供)

「手術痕で抵抗感」宮崎県も共通 市民団体が情報提供

手術痕をカバーする入浴着への理解を呼びかけるポスター=宮崎市・極楽湯

 県内の乳がん経験者にとっても入浴に関する悩みは共通する。日南市の40代女性は8年前に乳がんが見つかった。全摘手術を受けた後、さらに別な乳がんが発覚。追加の手術や抗がん剤治療を受け、ホルモン剤の投与を続けている。
 がんの経験を周囲に伝えることに抵抗はない。だが、最初の手術で大きな痕が残った。「傷痕を見た人が嫌な思いをするのではないか。気を使われるのもつらい」と手術を受けてから、大浴場には1度も入っていない。
 がん検診の受診啓発をする宮崎市の市民団体「だんでぃらいおんの会」のガードナー真理会長は、入浴に悩むがん経験者の相談に応じてきた。「手術の痕を人前でさらすことに抵抗があり、家族と一緒に入浴できなくなる人もいる」という。入浴着の情報や、家族風呂なら周囲の目を気にせずに入浴できることを伝えている。
 県内では、同市高千穂通1丁目の温泉施設「極楽湯」で入浴着を利用することができる。女性の脱衣所に、入浴着について説明するポスターを掲示。手術痕をカバーする目的で作られ、入浴しても衛生管理上は問題ないことを伝えている。
 藤原康高店長は「大きいお風呂に入って、リラックスするのは日本ならではの楽しみ。入浴着を利用していても、安心して入浴できる施設を目指したい」と話している。(宮崎日日新聞社)

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